コラム

最後の将軍

ふと、一年近く更新していないことに気付き、久々に歴史の話でも投下します。

書くのは書くんですが、お蔵入りが多いんです。内容が過激な気がして少しためらっているという面もありますが。

 

 

今回は「最後の将軍はどうなったの?」というお話です。

 

 

【鎌倉幕府~守邦親王の場合~】

さて、スタートから書くのが困る人にぶち当たりました。

いっそ源実朝にしてしまおうかとも思いましたが、一応、最後の将軍はこちら。

 

ところで、一般に「源実朝が暗殺されて源氏の将軍がいなくなった」という説明をされることがあり、「実朝が最期の将軍」と誤解されることがあるのですが、これは頼朝の血筋が絶えたというだけで、余所から呼んできた将軍が滅亡の日まで存在しています。その最後の人が守邦親王です。

 

 

で、書くことがあまりにもないので、滅亡年の話でもしましょう。執権である北条一門の大半が自害し、軍も統治機構もすべて崩壊し、征夷大将軍も辞任したのが1333年なので、これはこの時点で滅亡として良いでしょう。始まりはともかく、終わりはすっきりしています。室町幕府なんかいつ滅んだのかさっぱり分からないし、江戸幕府も厳密には良くわからないのですが、この点、鎌倉幕府は潔い(?)。

 

守邦親王はどうなったか? 征夷大将軍を辞任した後で出家したものの、1333年中にはお亡くなりになっているようです。暗殺でもされたのかしら。一応、持明院統に連なるし、北条氏の残党に担がれても面倒なので、消されたような気が・・・ 次の征夷大将軍である大塔宮・護良親王も同じような理由でやられてますし。

 

 

【室町幕府~足利義昭の場合~】

教科書的には、「1573年に足利義昭が京都より追放され、室町幕府が滅亡した」ということになっていますが、実際の義昭さんはどうだったのか。

実は京都からいなくなっただけで、解官されていません。なんと「従三位・権大納言・征夷大将軍」のまま。毛利氏の庇護下で「鞆の浦」(広島県)で幕府(仮)を開催しています。

 

公卿補任によれば、天正五年に死亡説でも流れたのか、「他界云々」とまで書かれていますが、意外にしつこく、天正十六年にようやく「正月十三日落飾(出家)」という記事を最後に消えてくれます。西暦にしますと、天正元年が1573年ですので、追放されて15年ほどずっと「従三位・権大納言・征夷大将軍」のまま。

 

西暦を付けて年表にしましょう。

 

天正元年(1573年) 追放された年(正確には追放されたのは元亀三年で、直後に改元があった。)

天正十年(1582年) 本能寺の変

天正十三年(1585年)豊臣秀吉が関白になる

天正十五年(1587年)豊臣秀吉の九州征伐

天正十六年(1588年)足利義昭、征夷大将軍を辞任

 

つまり、秀吉が関白になった後も足利義昭は現役で征夷大将軍です。幕府=将軍であるとするならば、室町幕府はまだまだ滅んでいないわけですよ。

 

室町幕府はゾンビみたいなところがあって、「幕府は滅びぬ、何度でも蘇るさ!」的なしつこさで将軍が何度も追放・復活を繰り返していたので、義昭も何とかなると思っていたのかもしれない。ただ、九州の島津氏が降伏した時点で、色々諦めた感はあります。出家したのはその辺が原因か。

 

天正十六年に出家してからは秀吉の遊び相手みたいな感じで生き残りますが、慶長の役に無理やり肥前名護屋まで連れて行かれて体調を崩して没。とはいえ歴代足利将軍の中では最長の寿命です。足利家の将軍は、医療体制が悪いのか腫物とかで死ぬ人が多すぎる。暗殺も2名いるし・・・

 

 

 

【江戸幕府 ~徳川慶喜の場合~】

こちらはかなり有名な人です。大河ドラマにもなりましたし、最近のにも出てますし。そういや、父の斉昭が慶喜を呼ぶときに、「慶喜」と呼び捨てにするシーンがありましたが、あれは多分間違いで、あの時点だと「刑部」と呼んでいたんじゃないかなあ(「昔夢会筆記」で本人がそんなことを言っている)。

 

それはそれとして、この人はいつ征夷大将軍を辞めたのか。多くの人が大政奉還の時点と勘違いをしますが、将軍職辞職が認められたのは大政奉還の行われた慶応三年十月十四日ではありません。「王政復古の大号令」によって幕府が廃止される、慶応三年十二月九日(186813日)のことです。ということは将軍=幕府と考えると、幕府の滅亡は1868年ということになる。

 

ただ、この慶応三年十二月九日が滅んだ日なのかといえばそうでもなく、統治機構も軍隊もそのまま温存されている上に、俺の公式名称は「上様」な!宣言しちゃうし、外交権を列強に認めさせてるし、全く滅んだ感じはしていません。自称「新政府」の過激派が勝手に滅んだと言っているだけ。

 

統治機構も軍事力も健在なため、慶喜一派としては王政復古の大号令の後も余裕で、別に無理しなくても政権奪取は可能だったと思われます。実際に、慶喜は「議定になってくんない?」と京都に呼ばれていますし。

 

ところが、まさかの鳥羽伏見の戦いという大チョンボをやらかし、さらに大坂から逃亡。この醜態のせいで幕府は滅亡してしまいました(慶応四年四月)。教科書だと幕府が滅ぶのは必然的扱いですが、実際のところは、「え?なんで?」って感じです。軍隊持ったまま大阪に居座って、京都を経済封鎖するだけで勝てたんじゃない?

 

  さて、その後の慶喜ですが、死刑になったわけでもなく、とりあえず水戸で謹慎。のち許されて、余生は静岡(のち巣鴨・小石川。たしか巣鴨に駅ができて煩いとかの理由で小石川に引っ込んだとか)で過ごし、亡くなったのはなんと大正二年。徳川家康も抜いて歴代最長寿です。最後の将軍は長生きするものなのかもしれません。本当はまだまだ健康で長生きできるところ、風邪を引いているのに無理をして参内して(息子の官位のお礼言上だったか)、肺炎?を併発してお亡くなりに。年なのに無茶するから・・・

 

 

 

 

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ついに中学入試です。

 

いよいよ明後日、21日には都内・神奈川県内で中学入試が本格的に始まります。入試前にちょっと書いてみます。まあ、ちょっとで済まないのですが。

 

 

【まずはベストコンディションで試験を受けられるように】

もはや急激に学力が伸びるということはありません。「最後の追い込みだー」とか言いながら無茶して風邪をひき、テスト当日実力を発揮できないとなれば、むしろ目も当てられません。

 

この時点では、おそらく大切なのは体調管理です。風邪をひかないようにマスクをするとか、睡眠を十分にとるとか、その辺りを気にしてテスト当日は最高のパフォーマンスで臨めるようにしてはいかがでしょう。

 

 

【いつも通りの生活で】

とはいえ、勉強は通常通りにはこなしましょう。

前日にたまたま解いていた問題がそのまま出題されるという幸運があるかもしれません。あるいは、試験直前にたまたま眺めていたテキストのページが運良く出題されることだってある。そんなラッキーはそう起こるものではありませんが、何もしていなければ絶対に起こりません。

 

ほんのちょっとしたことで合格を左右するようなことがあり得ます。そういったチャンスを逃さないよう、直前まで勉強を続けるのも大切です。

 

 
【事前シミュレーションをお忘れなく】

今年の2/1は雪の予報です。

場合によっては、雪が積もって電車やバスが止まったりするかもしれません。そんなときはどうするか、一応考えておきましょう。学校側が試験時間を遅らせるなどの対応を取るはずで、ホームページなどを確認すれば大丈夫なはず。

 

受験生を抱える家庭であれば、事前に色々計画を立てているかと思います。ただ、最大のポイントは予想外のことに直面しても慌てないこと。内心では慌てても、お子さんにはそれを見せないことが大切です。試験前からお子さんを不安にしてどうする、というお話。

 

それから、1月入試を経験した方はすでにご存じでしょうが、会場は寒いことが多いです。とくに保護者の控室が凍りつくような寒さのこともあるかもしれません、入試は1日で終わるとは限りませんので、「重装備」でお出かけすることをお勧めします。

 
【入試は長期戦になることも考えて】

中学入試は模試の偏差値とは異なり、大波乱が起こります。

確実に受かると思っていたのになぜか落ちるとか、逆にまず無理だろうと思っていた子が受かったりすることもある。これは小学生の学力は、その日のコンディションに大きな影響を受けるからです。偏差値が10も違えば波乱はあり得ませんが、5程度だと落ちて当たり前くらいかもしれない。

 

だから、2/1に失敗したら「この世の全てが闇に包まれる」かのような極端な発想はせず、冷静に、予定通りに日程をこなしていきましょう。2/1に偏差値の低いところを落ちても、2/2で高いところに合格するなんてことが十分にあり得ます。

 
【偏差値の高い合格校=進学校と考える必要はない】

入試では、本人の学力とは関係のないところで、本当に何が起こるか分かりません。ある学校では、歩留まり率を読み違えて(思ったより悪かったらしい)、3回目に大量合格を出してしまい、本来合格しない学力の層が受かってしまったことがある。あるいは出題ミスで不合格の子が合格になったとか(一斉にFAXが回ってきて大騒ぎになった。ちなみに他の中学への払込み済み授業料とか、諸々学校負担で、みたいな話になっていた)、もう訳の分からんことがたくさんあります。

 

一喜一憂せず、とにかく冷静な判断を心がけるのがよろしいかと思います。大学とは異なり、中高6年間は成長にとても大きな影響があります。実力よりはるか上の学校に大金星で合格したときに、「通わない」という判断も選択肢の一つですよ?

 

 

 

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雪の日の三大事件

雪が降っていたので塾生向けの案内をしてみたところ、昨年の春期講習以来更新していないことに気付きました。流石にこれはマズかろうと反省しましたので、とりあえず新しい話を書いてみました。雪が降るとネタにしたくなる歴史上の三大事件です。

 

【赤穂浪士の討ち入り】

今の小学生や中学生はもう大石内蔵助と言われても全くご存じありませんが、30代より上の方であれば一度くらいはテレビで見たことはあると思います。歴史的大事件かと言われるとそうでもないですが、一応歌舞伎なんかでも大人気だし、昔は何度も映画化したし。

 

さて、この討ち入りの日ですが、雪は降っていなかったようです。ただ、前日は大雪だったらしく、事件当日も雪はあった模様。もともと吉良邸は呉服橋御門内(要するに江戸城外堀の内側)にあったので、普通に考えれば襲撃できない位置にありました。それがなぜか事件前に本所松坂町に移転・・・。討ち入りを望む幕閣の陰謀という話もありますが、単にお役御免になったので遠くに移されただけなんじゃないかと。

 

鍛冶橋御門_R      両国橋_R

「吉良上ツケ」とあるのがそう。現在は東京駅の下くらい?        真ん中のお寺(回向院)の下にある本多孫太郎の南側です。

あれ?鍛冶橋御門内?                         御材木蔵が今の両国駅と国技館の辺り。

 

私としては赤穂浪士の討ち入りなんて、「隠居した老人を集団でよってたかってボコる」という、決して誉められたものではないと思いますが、人それぞれですよね。

 

【桜田門外の変】

井伊大老が暗殺された事件です。

事件当日、雪は降っていたようで、お供の皆さんが刀を袋に入れていたというのは有名な話ではないでしょうか。おかげで襲撃時に抜刀できず右往左往した挙句、次々と被害者になっていくわけですが・・・。一応、井伊家の名誉のために言っておくと、一人河西なんとかという剣の達人がいて、落ち着いて刀袋を捨てて闘い、何人か仕留めた人もいます(多勢に無勢で斬死にしましたけど)。

 

33日の上巳の節句ということもあり、江戸にいる諸大名が総登城していたことから見物人も多かったらしく、井伊大老が首を討たれて犯人が持って逃げたところまで皆さんバッチリ目撃している模様。犯人は主に水戸藩士(藩に迷惑をかけないため一応脱藩しているけど)と薩摩の人が1人。

 

謎なのは、首を持った犯人は辰口の評定所の方まで行ったという話だから、日比谷御門を通過しているはずなんだが、門で捕まりはしなかったんだろうかという点。現在の桜田門の前から大手町の駅前の方なので、だいたい2km程度。首持った殺人犯が走って逃げていたら誰も近づきませんか。でも犯人側も負傷していたという話だから、よく2kmも逃げたよな・・・

 

首は、一旦、遠藤但馬守(若年寄)邸で預かったようですが、別人の首ということにして井伊家で回収し、胴体と縫い合わせてしばらく「病気」ということにしたようです(老中も了解していると思われる)。なにせそうしないと、井伊家は取り潰さないといけないし、井伊家を潰したら井伊の浪人達が水戸藩邸に討ち入る可能性が高く、「御三家対譜代筆頭(しかも取り潰し)の戦い」という、かなりヒドイことになりそうでしたので。どっちにしろ江戸幕府の権威はガタ落ちなんですが。

 

無題 - コピー

嘉永二年(1855年)の地図。大岡主膳正のあたりに遠藤但馬守が移ってくる・・・はず。

⇒が逃走経路(想像) ◇が犯人の力尽きた場所。

関係ないですが、「松平肥後守」は会津藩です。

 

実はもう一つ謎があって、最近、世田谷区?か何かで調査したところ、豪徳寺の井伊家の墓には、なぜか井伊直弼の遺体は見つからなかったという話。どこに行ったんでしょうね。

 

【2・26事件】

三つ目はクーデター未遂事件です。陸軍の青年将校が部隊を率いて反乱です。

5・15事件とよく混同されますが、部隊がまるごと反乱を起こした2・26事件の方がヤバい。桜田門の警視庁があっという間に占領されてしまったので、警察は鎮圧を早々に諦め、陸軍に丸投げした模様。陸軍内部では鎮圧するかどうかで揉めたようですが、昭和天皇直々に「あれ反乱軍な!」(超意訳)という命令が出て仕方なく潰した面がある。海軍は長老を3人(斉藤内府・鈴木侍従長・岡田首相)もやられたため激高し、横須賀鎮守府から第一艦隊が出てきて艦砲で反乱軍を狙ってたという話。物騒ですね。

この辺になるとかなり最近でして、私の祖父なんかもすでに生まれていますから、直接話を聞いたことのある人も多いのではないかと。

 

謎なのは、「王政復古の大号令」という、実は全く同じことを薩長がやって、これは成功してしまったのだけれど、その辺の評価が意外にも高い点。あれも暴力を伴うクーデターであるので、「明治維新」を評価する人は「昭和維新」(2・26事件のこと)も評価しないと整合性が取れないと思うんですが・・・。違いは、王政復古のときは天皇が幼く、統治能力も判断能力もなかったという点に対し、2・26時点の天皇は摂政宮以来の統治実績もあり判断能力もあったという点ですね。「幼帝を擁し云々」などと、どこぞの土佐の酔っ払いが口走ったのは確かにその通り。孝明天皇が生きていたら王政復古のクーデターはありえません。むしろ明治維新の方が悪質か。

 

ああ、雪の話でした。

2・26事件も雪の写真が残っているので、雪が降っているときに起こったように錯覚されますが、正確には部隊出動時には雪は降っていなかったようです。その後が大雪なので、雪のイメージしかないんですが。

 

Hanzomon_February_2x_1936_R

 

こんな感じ。

 

 

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新年にあたって

昨年中は途中で骨折をしたこともあり、色々更新をサボっておりましたが、

新年をきっかけに少し更新を続けていこうと思います。

 

さて、年頭にあたり、ちょっとお知らせです。

昨年末に東京都に出していた経営革新計画が承認を受けまして、

それにより授業形式を変えていきます。

(計画期間:平成29年11月から平成33年10月まで)

 

簡潔に言うなら、まず理科や社会で映像機器を導入して授業を進めていきます。

授業スタイルに大きな変化はありませんが、より分かりやすくなると思います。

ということで、今年もよろしくお願いいたします。

 

※なお、経営革新計画とは、中小飢餓用賀新たな事業活動に取り組むことにより経営の向上を図る計画のことで、

中小企業等経営強化法に基づき、国や都道府県知事の承認が行われます。

(ただし、計画書に記載されている商品・サービスや事業を認定するものではありません。)

 

 

 

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ゲームのススメ

「ゲームをしているから勉強ができない、したがってゲームは一切禁ずる」

「ゲーム機はハンマーで破壊して全て破棄」

等々、受験生の保護者の方には焚書坑儒だか紅衛兵だかの現代版みたいな過激な手法を取る方もいらっしゃるようです。

 

しかし、私は色々なことをバランスよくやっていくのが人生だと思っているので、目的のためには一心不乱という発想はどうにも受け入れられません。

 

大人になったら、自分の仕事もあるし、子どもの生活もあるし、親の面倒も考えなければいけないし、色々なことをマルチタスクでこなしていく必要があるわけで、小学生の段階からその辺りを勉強させておくべきなんじゃないかと思います。1つのことしか考えないような教育はよくないです。

 

というわけで、とかく悪者とされるゲームの効用について書いてみたいと思います。

 
【ゲームをすると算数の力が身につく!】

嘘臭いタイトルですが意外に本当です。

 

たとえばRPGで考えてみましょう。具体的にはドラ○エを想像してください(知らない人ごめんなさい。ポケモンネタとかFEネタとか何でも良いんですが)。

このゲームは、レベルを上げて強い武器を装備して、竜王だか大神官だか魔王だかを倒すとクリアというものですが、色々アタマを使う要素が満載です。

 

まず、目的と手段という発想ができるようになる。ダンジョンに潜るとして、レベル上げを目的とするか、ダンジョンをクリアして物語を先に進めるかによって、作戦に違いが出てきます。レベル上げが目的なら限界まで戦ってリレミト→ルーラで良いのですが、ダンジョンのボスを倒すのが目的ならばアイテムやMPなどを温存しながら、最短ルートでボスに行かなければならない。実はこれ、戦略を考えているのと一緒ですよね。

 

次に、論理性が身につきます。竜王の島に渡るのにアイテムA(にじのかけら)が必要だとします。アイテムAを作成するために、アイテムB(たいようのいし)とアイテムC(あまぐものつえ)を手に入れなければならない。これは、算数で問題を解くときにたどる思考と似通っています。外角の定理を利用してある角度を出すとして、一つの角は分かっているがもう一方の未知数をどうやって出すのかというのと同じでしょう? 「ようせいのふえ」を探してさまよった経験は無駄ではないのです。

 

 

 【ことばの知識も侮れない】

ゲームに出てくる用語も意外にバカにできません。

 

たとえば、「てつのよろい」と「はがねのよろい」。

価格が高い後者の方が強いのですが、名前を見ても「てつ」より「はがね」の方が強いというイメージを身につけることができるわけです。ついでにいうと、「どう」はもっと安くて弱いということで、「てつ」を装備したヒッタイト帝国って強そうだよな、なんてイメージも持つことができます。日本には青銅と鉄が同時に入ってくるというのも、何が不思議なのかも分かるようになります。

 

ふと思い出しましたが、某Ⅲでは、現実世界を模した国々が出てきて、あれで地図の勉強にもなりますね。イタリア半島辺りに「ロマリア」があったり、エジプトには「イシス」などなど、なんとなく世界各地の知識を仕入れることができそうです(「おお、わたしのともだち!」のアラブ人の扱いとか、どこぞの田舎島国の自称紳士の扱いとか、ある意味正しいのですが、あれはアリなんだろうか・・・)。さらに、たとえ架空の世界であっても、「地図を見て場所を覚える」という作業は、社会科の「場所を理解すること」の練習にもなるわけで、案外ゲームをやっていると勉強に役立つのかもしれません。

 

 

【ただし、やりすぎはダメ】

当たり前ですが、ゲームばかりやるのはいけません。たまには体を動かしたり、外に出かけたりすることも必要でしょう。バランスの問題でして、毎日ケーキだけを満腹になるまで食べ続ければ糖尿病になるのと同じです。同様に、ゲームをするとしても何らかの制限は必要です。それは時間制限かもしれないし、条件による制限かもしれませんが、とにかく無制限にやるのはダメということはご家庭で徹底した方が良いでしょうね。

 

そして、また逆のこともいえるのです。体にいいからと、毎日ホウレンソウだけを食べ続けたら病気になるでしょう(ウサギじゃないんだから・・・)。同様に、塾屋がいうのもまた何ですが、勉強もやりすぎはダメ。個人の感想に過ぎませんが、勉強ばかりしていると人間性が偏る気がします。受験に勝つことと、豊かな人生を送ることは同義ではない、と思います。

 

お外へ出かけたり、何かスポーツをしたり、本を読んだり、ゲームをしたり、バランスよく人生を送らないと、どこぞの暴言議員みたいになってしまうかもしれませんよ。実のところ、彼女がバランスの悪い人生を送って、人間性が偏っているかどうかまで知りませんが。最近、ダメ人間?の代表例として、いわゆる選良の国会議員ばかり(党派を問わず)挙げられるような気がしますが、この国は大丈夫なんでしょうかね。

 

 

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都内高校入試:内申の重要性  

 

「内申」、つまり通知表の評定のことですが、東京都で高校入試をする場合には、決定的に重要な意味を持ちます。

要するに、学校の成績が良ければ高校の選択肢が広がるが、悪ければ幅が狭まるということです。

 

【まずは都立一般入試から】

都立一般入試は、当日点と内申点の比が7:3とされています。では、実際にどのような差が出るのか見てみます。たとえばオール4の子とオール3の子が同じ高校を受けるとしましょう。この場合の差は、13ポイントです(細かい式は下記参照)。

 

この13ポイントが入試で何点になるかですが、実際の入試点で43点程度。倍率が1.4倍程度の入試において、43点のハンディがあるということは絶望的かと思います。つまり、オール3の子はオール4の子にまず勝てない。だから、たいていの人は同じような成績の生徒が集まる学校を選ぶことになります。

 

仮に1ポイントなら約3点のマイナス、3ポイント足りていないと約10点のマイナスとなりますので、ここまでなら当日の出来次第で逆転可能でしょう。

 

【都立推薦なら?】

東京都全体では約3倍の倍率があります。一般入試よりもさらに厳しい。高校によって点数配分が異なりますが、内申の配点が高いのは共通しています。

 

たとえば井草高校を例に挙げましょう。

内申点:小論文:面接=500:300:200点とされています。

たとえばオール4ならば、満点に対して4/5ということですから、500×4/5400点確保ということになります。一方、41つ足りないならば、約10点程度のマイナスで、3つ足りなければ約30点のマイナスです。

 

実際の得点分布をみると意外に広くばらけているので、多少内申が足りなくても何とかなるような感じもしますが、倍率3倍ならば高得点での争いになるので、小論文・面接の点数が良かった上に、さらに内申点がないと合格はしないでしょう。ちなみに、井草高校の男子に限れば1.4倍程度の低倍率だったので、今年に限っては内申の影響は少なかったかもしれません。

 

ちなみに、日比谷高校となると、女子ではオール5だけで定員を上回るといます(男子もそれに迫る数だとか)。こんな学校を受けに行く場合は、4が一つでもあるだけで不利になる、ということです。

 

【私立推薦入試の場合】

ここでも内申点が要求されます。

多くの高校では出願基準があり、「9科目内申素点合計37以上で、評定12を有していない者」(中大杉並)という感じで、この学校なら合計で37なければ、出願すらできません。もちろん、その上で適性検査という名の入試があるわけですが。

 

ただ、それはレベルの高い一部の学校だけで、一般的には単願ならば(基準を満たせば)、事実上合格は約束されます。もちろん、手持ちの内申によって選べる学校の範囲は決まってきますが。また、多少足りない程度なら高校側との交渉で何とかなります(ただし、必ず入試相談に行く必要がある)。

 

 

【私立一般入試の場合】

都立高校を第一志望とする生徒が、滑り止めで私立を受ける場合、いわゆる併願優遇という制度がありますが、これにも内申が必要です。

 

併願優遇にも色々ありますが、「一定の内申を満たした生徒に、実際の入試点に何点か加点する」のがよく見られます。仮に合格点が150点の学校で、30点の加点をされたら、それは合格するでしょう。このように「実質的にまず落ちない」レベルの加点をすることが多いようです。点数に関わらず、絶対に落ちないようになっているところがある気もしますが、たぶん考えすぎです。きっと気のせいです。

 

ちなみに、一部の難関私立高校では、当日一発勝負なので、学校の成績が極端に悪くても何とかなります。ただし、高校レベルの内容まで出題されるので、塾でみっちり勉強をしなければ合格は難しい。

 

 

【まとめ】

都立でも私立でも、手持ちの内申によって、選べる高校の範囲が決まってきます。高校受験をする中学生は、なるべく通知表の評定を高めに確保できるように気を付けた方が良いです。どうすれば学校の先生からの評価が上がるのかは、また別の機会に(むしろそっちが大事?)。

 

 

 

 

(おまけ:計算式)

都立一般入試では、主要5科(国数英理社)については1倍、副教科4科については2倍にして計算することになっています。

 

たとえばオール4なら4×54×4×252に対し、オール3ならば3×53×4×239となります。つまり、差が13ポイントということ。差を出すだけならば、もっと簡単に5+8=13としても良いですが。

 

この13ポイントが実際の入試1000点満点の中では300×13/6560点となり、この60点を700点→500点に換算しなおすと60×5/742.8点となるわけです。

 

なお、この42.8を単純にさらに13で割れば、内申1ポイントに対する当日のテスト点数が出せるわけです。=3.3点。

こういう言い方もできます。副教科は2倍されることから、美術などの評定1ポイントは当日6.6点分に匹敵するということ。

 

 

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それでも塾を変えた方が良い場合

連投です。

 

さて、どうしても塾を変えるべきというのは、そのままその塾に通い続けた場合、

前記デメリット以上のデメリットがある場合です。

【ケース1:塾の体質が合わない。】

先生と折り合いが悪いとか、内部でいじめがあるケースなどです。

4人先生がいて、4人とも全員敵だ!と思えるくらいに折り合いが悪ければ、変えた方が良い。

内部でいじめが発生していて、それを塾側でも把握しているにもかかわらず、対処不十分な場合とか、

あるいは、授業崩壊していてまともに勉強していないパターンなどもこれに当たります。

 

さらに酷いと、生徒に入塾申込書を配り、「1人5通、知り合いに配れ!」みたいなノルマがあって、

それが達成できないと授業中に叱責を受けるという珍奇な塾もあるようですが、

そういうところも早く逃げた方が良いケースです。

講師にお金を払って営業させるならともかく、生徒から授業料取って営業させるって、色々とオカシイでしょう。

 

【ケース2:デメリットがない。】

前記デメリットが発生しない場合です。

つまり、そもそも「生徒の学力を把握した上で指導する」という基本動作ができていない塾の場合。

大手塾などでありがちですが、学力診断テストをやって常に学力を把握するようなシステムになっているのに、

生かせていないというケースです。

 

講師が大学生だとありがちですが、結果は知っていても問題と答案を見たことがないということが非常に多い。

本部から「成績判定会議をせよ、報告せよ。」という指令が来るので教室長が形だけやって、実は指導に生かしていない、なんてのはよくある話。

こういう場合は、指導において生徒の能力や性格を考えた上での指導をしていないので、このケースは転塾しても害はありません。というか、最初から通わせる価値があるのか、ちょっと疑わしいですね。

 

それから、先生が頻繁に変わるケース。

個別だと、毎週先生が違うというところもあるようですが、これも学力把握ができないからダメ。

教育はパッチワークじゃないんです。

某個別塾のように、担任制度がしっかりしていて、教える先生の他に担任の先生が別にいるなら心配ありませんが。

でも、報告書書くだけでは連携が取れないこともあるんですよ・・・

 

その他いろいろありますが、「続けることのデメリット」を考えると「やめるべき」という結論に至るのはこんな感じ。

 

【そもそもなぜ塾を変えるのか考えるべき】

思い立ったが吉日と、思い切りのいい方がいらっしゃいますが、経験的にはロクな結果になりません。

あっちへフラフラこっちへフラフラなんて、お子さんが混乱するだけです。3ヶ月ごとに塾を変えていては学力が定着するはずもありません。

塾に不満があるなら言えばいいし、分からないことがあれば聞けばいい。

別に転塾しなくても解決する問題なのではありませんか?

 

そうした「すべきこと」を怠っておきながら、成績不振を塾のせいにして「転塾」というのは早計です。

文句言っても対応してくれないし、何か約束をしても守ってくれない、

そういうお互いの信頼関係をなくしていくような態度を取り続けてきたのなら仕方ありませんが。

一番残念なケースは、「塾を変えたら、変えた先の方がもっと酷かった」というパターンです。

 

発想としては、

「なぜ塾を変えるのか」

「変えることによってそれは達成されるのか」

「そのメリットは、変えないメリットを上回るか」

です。

 

意思決定の基本だと思いますが、アプリオリに結論が先にある人はご注意を。

 

【塾選びは一番最初が肝心】

結局のところ、スタート時点で塾をきちんと選ぶしかない、ということです。

後悔先に立たずで、受験直前で不安になって塾を変えても、もう手遅れのことが多い。

まずは、「この塾にお願いして良いのか」というのは、よくよく考えてから決断すべきです。

 

 

 

 

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夏期講習前に塾を変えようと思ったら。

最近、サボっていたら3ヶ月近くも開いていたことに気付き反省しました。

 

さて。この時期に塾を変えようと思っている方に再考を促すべくこんなタイトルにしてみました。

私としては他塾から移ってきてくれるのはウェルカムなんですが、

良い結果にならないことも多いので退塾のデメリットをまとめます。

 

【そもそも退塾は望ましくありません】

どこの塾でもそうですが、新しい生徒が入ってきたときに行うことが学力の把握です。

何ができて何ができないのかが分からなければ、教えようがない。

たとえば速さが分かっていない子に方程式の文章題(速さ)が解けるはずがないのです。

 

こういう情報はテスト結果である程度分かりますが、

性格とか解くスピード、何が分かりやすいかなどという情報は、教えながら手に入れないといけないのです。

そういう色々な情報を踏まえて授業をするので、塾には長期的に通った方が良いのです。

 

退塾するとどうなるか。

その情報がすべてリセットされるということです。

教える側がしばらく手探り状態になりますので、まずこれが第一のデメリット。

 

【転塾生は優先順位が低い】

これも当たり前ですが、何年も教えてきた生徒と余所からパッと来た生徒、塾としてどちらに力を入れたいか。

一般的には前からいる生徒(仮に「内部生」とします)を最も大切にします。だって、その分情もありますし、何より長いこと授業料払って通ってくれているのだもの。

それから、授業においても「内部生」が有利です。

 

たとえば、「内部生」が当然に知っていて、後から入る生徒が知らないことがあるとして、

じっくり時間をかけて説明をするというのはやりたくない。これは「内部生」にとって不利益になるからです。

その子のためには説明をすべきだとしても、それは「内部生」にも利益があるように教えなくてはならない。これはすごく難しいことですよ。

もちろん何らかの方法で対処はしていきますが、途中から入ってきた子がしばらく不利な状況に置かれることは否定できません。

これが第二のデメリット。

 

【こべつなら救いが・・・】

あるかもしれません。

ただ、素人教室長+素人学生が運営するという非常にデンジャラスなところもあるので注意が必要です。

一般的には、経済学の原理に従って高いお金を出せば高いサービスを受けられますので、

経済的に余裕がある方はこべつへ移動するというのも選択肢です。ただ相性の問題もありますので何とも難しいのですが。

 

根本的な話として、一番最初の入塾をさせる時点でよく検討しなくてはいけません。

だから、一度塾を決めた以上はそこで頑張るのが原則かと思います。

それでも「変えたい!」という人は次回の「転塾した方が良い場合」をお読みください。

 

 

 

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おいしいカレーの作り方

 

大学のテストで困った時に書くと「優」がもらえるとか何とかの都市伝説がありましたが、実は中学受験でもおいしいカレーの作り方は大事です。「カレーを作れる子は算数もできる」なんて本もありますし、社会の野菜の産地ネタで使われることもありますが、「理科の勉強にもなる」いう話は誰もしないので書いてみました。色々ありますが、とりあえず次の二点です。

 

【まずは対流のお話】

たとえば、カレーやシチューを作るとき、必ずかきまぜないと焦げてしまいますが、なぜ焦げるのでしょうか? これは、カレーやシチューでは対流が起こりにくいため、加熱している底面が過加熱されてしまうことが原因です。だから、かきまぜて強制的に熱を移動させないといけない。また、かきまぜ方も底の方から全体に混ぜなければいけません。これで対流のお勉強ができますね。

 

なぜ対流が起こるかといえば、温められた水は膨張する性質があり、膨張することで密度が小さくなり、重力も小さくなるため冷たい水(=比較的重い水)よりも上に移動するということですが、この説明ができれば、風が吹く仕組みも説明できるようになるので、意外に大切です。

 

【次は消化酵素のお話】

また、肉や野菜などのカレーの具材を煮込む前にワインなどにつけ込むことがありますが、これは何が目的でしょうか? 香りづけの目的もあるのでしょうが、実はお肉を軟らかくすることが本当の目的です。何らかの酵素(プロテアーゼ)を働かせれば、タンパク質の結合が分解するため、お肉が柔らかくなるという仕組み。

 

では何を使うのかと言えば、まずプロテアーゼを含む何かです。具体的には、タマネギ、生姜、にんにく、キウイフルーツ、マイタケなど。次に、プロテアーゼは酸性で働きやすいようなので、若干酸のある液体。ワインなどは弱酸なのでちょうどいいかもしれません。唐揚げの仕込みでニンニクとショウガと醤油に肉をつけ込むのも同じ理由でしょうか。そういうわけで、こうして消化酵素の勉強ができるわけです。いっそ対照実験をしてみるとさらに面白いかも。

 

学校では消化酵素の実験といえば「唾液アミラーゼとでんぷん」の実験と相場が決まっていますが、こういう何か変態的な実験よりは、家庭科と絡めて肉を煮込む実験の方が面白いと思うんですよ。とにかく、身近な料理などから理科の勉強をすると良いかもしれません。

 

 

余計なことを書く暇があったら、早く春期講習の時間割出さないといけませんね、すみません。明日には出します。きっと。

 

 

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今日は何の日?

 

というネタを小6の社会でやるのですが、

残念なことに今日のように重要事件がいくつもあった日に限って授業がない・・・。

まあ、実は昨日しゃべったんですけど。

 

 

【旧暦でいいならば・・・】

33日といえば現代ではひな祭りですが、江戸時代には「上巳の節句」ということで、諸大名が総登城することになっていました。この登城中に暗殺されたのが井伊直弼。いわゆる桜田門外の変ですね。

 

井伊大老は駕籠から引きずり出されて首を刎ねられた上、浪士の一人が首を持って逃げて、江戸城大手門の前にある若年寄遠藤胤統邸の前で力尽きたという。この遠藤屋敷、幕府からの拝領屋敷であるためか、すぐに所有者が変わるので切絵図で探すのが大変なのですが、酒井雅楽頭邸(こっちは200年くらい変わらない)の左にある敷地です。

 

私が気になっているのは、犯人の逃走距離。桜田門外から辰口の遠藤屋敷まで2kmほどあり、現代的に言えば桜田門から内堀通りを日比谷交差点で左へ曲がって、馬場先門、和田倉門をこえてちょっと先ですから、意外に距離があります(しかも当時は日比谷御門を抜けることになる)。ここを江戸時代の人間が首を持って走ったのがちょっと信じがたいのですが、どうなんでしょうね。

 

さて、首を拾ってしまった?遠藤家でも相当困ったでしょうが、色々あって、首は井伊家に返還されました。

お持ち帰り後は医者が糸で胴体と縫いつけて、病気ということでしばらく寝かせておいたという話です。見物人はわんさかいるし、他家の行列も通過しているので、皆さん何があったかご存じなのですが、知らないことになっています。江戸市民もさっそくネタにしたらしく、さまざまな狂歌が残っています。中でも私が好きなのが、

 

倹約で、枕いらずの御病人

 

 

確かに枕いらないよね。 

 

それはともかく、季節外れの雪が降っていたせいで、井伊家の武士の対応が遅れた(刀が抜けなかった)という話があり、雪が降っていなかったら歴史が変わっていたかもしれません(一発目の銃撃でアウトという話もあるけど)。桶狭間も雨のせいで事故った感じなので、その日の天候が歴史を変えてしまうということもあるんですね。

 

 

【血なまぐさい話が続きます】

新暦(グレゴリオ暦)ならば、146733日にも大事件がありました。いわゆる応仁の乱の勃発です(「上御霊社の戦い」が33日)。

 

これは11年も続いた上に複雑怪奇なので、非常に説明しがたい。たとえば、当事者の足利義視(義政弟)ですが、はじめ東軍の総大将だったのに、いつのまにか西軍の総大将になっていたり、朝倉孝景も初めは西軍の主力だと思ったら、越前守護をエサに東軍に寝返ったりと、いったい何なの!? まあ、室町時代は観応の擾乱からそんな感じですけどね。直義がいつの間にか南朝に下ったり、なぜか尊氏も南朝になってたり。

 

ちなみに威勢を誇った三管領のうち、分裂した畠山氏は子の代まで殴り合いを続けて没落、斯波氏は越前を奪われて遠江に行ったら今川に殴られて没落。細川は周回遅れの後継争いで没落していきます。

 

 

さて、なぜこんなに長引いたのかというのが昔から謎なのですが(たとえば関ヶ原は1日で終わってる)、色々と言われる要因があります。まず、京都の町がブロックごとに城塞化されていたこと。土一揆のせいか京都は治安が悪く、公家屋敷も寺も堀とか塀とかを設けて自衛していたのだとか。それを武士が利用したらそりゃ大変ですわね。次に、利害関係者が多すぎて話がまとまらなくなったこと。細川と山名が和睦しようとすると赤松が邪魔をしてくる(備前・播磨は渡せん)とか。そして、何より参戦者にやる気がない。自分の利害には必死ですが、幕府のため?何ソレ?って感じで戦ってます(だからすぐ裏切る)。

 

応仁の乱後、「日本は戦国時代に突入した」と説明されることが多いのですが、近年では「明応の政変」に求める説もあり、学校の教科書では、ぼかして書かれています。

 

 

【ついでに31日】

最後は、韓国では祝日にもなっている3・1独立運動の日です。

 

高宗(元の大韓帝国皇帝)の国葬(これは33日)にあわせて、朝鮮の宗教指導者が独立宣言をしてやろうと始まった運動です。もともと平和的に行われる予定だったようですが、なぜか暴動に発展、日本が軍事力で鎮圧したためにけっこうな惨事になりました。

 

さて、「高宗」(日本では李太王)の国葬ですが、これは当然?「日本政府主催の国葬」です。併合後の朝鮮の王様は酷い扱いを受けたわけではなく、むしろ準皇族扱いされて優遇されているんです(それが良いことかどうかは別)。国葬ってかなりの特権ですよ。しかも、本来東京で出すべきものを、わざわざ京城でやるのだから、日本側もかなり配慮したんですな。向こうからすれば、それでもダメなんですけど(儀式方法が日本式だったので反感を買ったらしい)。

 

それから、このときの宣言は意外にも親日的な表現もありまして、「日本ヲシテ邪路ヨリ出テテ東洋ノ支持者タル重責ヲ全フセントシ」なんて書いてあります。別に日本を責めたいわけじゃない、自分たちは独立して仲良くしていきたいだけなんだという彼らは、現在の日韓関係を見てどう思うんですかね。

 

この運動については、アメリカの理想主義者の某大統領の影響も忘れてはいけません。余計なことを言いやがって(byイギリス&フランス)。オーストリア帝国とかオスマン帝国を潰すためのスローガンでしかないのです。ヒトラーもこれを大義名分に周辺国を侵略しているので、実は第二次世界大戦の間接的な原因なんじゃないかと思わないでもない。

 

 

 

って、ここまで書いておいて3月3日投稿し忘れたという・・・

今日はもう6日ですよ! 悔しかったので載せてみました。

 

 

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